友ヶ島研修は、加太・深山研修に・・・

 10月8日(火)、研修部主催の友ヶ島研修が、生憎の友ヶ島汽船の欠航のため、加太・深山研修に切り替えて実施されました。

 加太の街並みを歩き、まず、淡嶋神社へ向かいました。途中、2015年に解体された国登録有形文化財、吾妻屋旧本館跡を見て、淡嶋神社へ。

 山本均さんの案内です。

 淡嶋神社を出る頃、雨脚が強くなり、加太港大橋の下で暫し雨宿り。

 その後、雨が止んだ隙間を狙って、阿字ヶ峯に登りました。階段を上がる途中にあった観音堂は、撤去されていました。

 

 

 加太の街並みを歩き、旧丸治醤油倉庫を横に見て、先田よむぎ餅で、年代物のレジスターを拝見し、阿弥陀寺にみちくさし、光源寺では仁井田好古の墓を見ました。住職さんにもご説明をしていただきました。称念寺では、登録有形文化財の本堂と山門を拝見しました。加太春日神社では、1931年に国宝に指定され、現在では重要文化財の本殿を宮司さんに丁寧に説明していただきました。迎之坊、宮﨑家住宅(男登録有形文化財)、旧加太警察書(中村邸)(登録有形文化財)でUターン。友ヶ島海苔店、東京大学加太分室の前を通過し、駐車場へ。

 その後、休暇村紀州加太の駐車場へ。ここは、深山第二砲台跡ですが、玄関前の弾薬庫跡は、立入禁止になっていました。

 昼食を展望台でとりながら、ふと目を南にやると、見慣れない島影と思しきシルエットが。四国最東端の蒲生田岬とその先に浮かぶ伊島でしょう。日ノ御崎と蒲生田岬を結ぶラインより北側が紀伊水道です。

 昼食後は、煉瓦道(1897年の砲台建設当時の煉瓦道とのこと!、あまりのきれいさに管理人はいまだに信じられません。)を通って、深山第一砲台跡へ。28cmの榴弾砲の砲座跡での説明です。

 その後、展望台に上がると、淡路島がくっきり間近に見えました。

 そこから、男良谷砲台、海軍水雷発射施設方面へ向かいます。繋船所から、水雷発射施設跡らしきものを見た後、海岸にぽっかり空いている排水施設の出口らしいところに、坂本さんが果敢にも入っていったので、ついていきました。下の写真は、通り抜けた後を振り返ったところ。崎尾さんのライトが見えます。

 再び、男良谷砲台の前を通り、水雷格納所から水雷発射室へのトンネルを見に行きました。中はゆるやかに右にカーブし、最深部は崩落していて、そこの天井には100匹ほどのコウモリが下の写真のように、ぶら下がっていました。『まぶしいなあ』とこちらを見ている(目が光っている)コウモリもいるようです。そういえば、友ヶ島の砲台の暗闇ではあまり見かけなかったかも。おおきなゲジゲジもここでは、たくさん見ましたね。

 最後に、休暇村紀州加太へ戻り、コーヒーブレイク(ソフトクリームブレイク)で、この日の研修を終えました。

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