
大国主神社のご本殿に、実はもう一体お祀りされている神様がいます。この、権大明神さんです。(これは、県立博物館の「仮面展」に出展された時のものです。)
「権」とは「仮の姿をとって現れた神さま」を指します。鎌倉時代初め頃、貴志太郎正平という方が、この貴志の谷を開発して、農地を大きく広げたといいます。鎌倉期後半には、貴志家は御家人として名前が残ったそうです。人々は、農業を教えた祖としてあがめ、神さまとして祀ったそうです。もともと、この神社から100メートルほど北西の祠にお祀りされていたそうですが、明治時代にこちらへ合祀されたそうです。

この神像は、博物館の鑑定では江戸時代初期の制作だろうといわれています。紀の川市の民俗文化財に指定されています。実物は県立博物館へ収められ、現在の姿とそっくりに作られたお形代が神社にお祀りされています。
腰みのを巻き、左手には鍬を持っていたそうです。(鍬は、現在残念ながら、無くなったようですが。)ゆったり足を開き、少し体をひねった姿に造られています。一日の仕事を終え、河岸段丘の高みから、自ら耕した土地を眺める、そんな満ち足りた表情です。心広く、けれどやろうと決めたことは、黙々とやり通す、農民のリーダーの姿を彷彿とさせます。神様にこんなこと言うと勿体ないかもしれませんが、彫刻としても、素晴らしいものがあると思います。

大国主命以来、連綿と拓かれてきた平野です。ここ50年、ずいぶん家が建ちましたが、そこここに、青田が盛り上がり、先人たちの思いをみのりに込めようとしています。