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spot spot 大国主の平野の物語2 古墳

平池はいつ作られたか、わかっていません。古代に古墳が作られてから後、貴志の谷を大きく開発するため、この広大な池を作り、古墳が残されたのでしょう。池中の島は古墳です。向こう岸のこんもりした森も古墳で、さらに左側にも古墳があるようです。こちら岸の土手にも前方後円墳がありますが、墳丘が削られ、なだらかなキーホール型が残っています。

貴志川左岸の河岸段丘上には、いくつかの古墳が残っています。これは上野山丸山古墳。

周りぎりぎりに建物が建ち、全貌が見える貴志川中学校のグランドにおじゃまして西側から撮りました。径41m、周濠(周りの堀)、頂上に大きな結晶片岩の組み合わせ箱式石棺(副室つき、現在墳丘内に入れません。)  たくさんの鉄製品、製品の材料となる鉄鋌(鉄板)、溶けた鉄が固まった物が入った鉄鉢、銅鏡十数枚が発掘されているそうです。ちなみにこの付近の古名は鍛冶屋垣内!大国主神社等の伝承に大国主の命がやってきたとありますが、冶金に長けた出雲の人々と関連深い地域なのかもしれません。

 

他にも、古墳を取り巻く水田は周濠跡かといわれる罐子塚、円墳のようだけれど東側は方形をした三昧塚、もう一つの前方後円墳の双子三昧塚等、5世紀半ば〜後半の古墳が並んでいます。周辺の丘陵には、6〜7世紀の古墳も多く、「紀州の飛鳥」というのもうなずけます。

古墳から出土した遺物等は、貴志川中学校から西側、前田池をはさんだ向かいにある、生涯学習センター内の郷土資料室で見られます。